年賀状2018

年賀状に、干支も家族写真も入れていない。

もう長いこと、中新さんにデザインを頼んでいる。

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彼は私の名刺、個人HP、プロジェクトHPをデザインしてくれている人なのだけれど、商業的な香りが無い、ある意味「わかりにくい」ところが気に入っている。

「そろそろはりねずみさんも、もう少しプロっぽいデザインに変えたら」と広告代理店系の人に言われたことがあるのだけれど、私はプロのコンサルではないので、仕事の依頼が舞い込みやすいデザイン、というよりも、なんか気になると思ってくれる人にひっかかればいいという感じでやっている。

 

ちなみに、今年の年賀状は、私が海外視察をした時に撮った写真を組み合わせている。

左がパリにあるポンピドゥーセンター併設の図書館。

右がジャカルタのスラム街で行われた子供向けワークショップの様子だ。奇しくもこのワークショップは、スラムに新しい図書室が出来た時に併催されたものだった。

 

私達の仕事は、このような両者を行き来しながらやっていくものだと思っていて、そういう話をしていくことが、一枚の年賀状デザインに収まっていく。

デザインコンセプトの部分は相談しながらやっているが、先に「跳ぶ感じで」とか、「モビールで」とか、モチーフを出すことが多い。最初の頃は、イメージのすり合わせにも時間がかかったし、何をお願いするとどのくらいの手間かとかわからなくて苦労したが、今はそんなにストレスを感じないで、すごく好きなものに出会える。

 

私の場合、賀状は職場に送るケースも多く、あまり学友に送ったものは少ない。SNSや携帯以前の関係性というのは、消息を掴むことすら至難という場合もある。

そんな中、思い出したように、賀状を出す中学の先輩がいる。みんな2個上で、私が中学1年生の間、図書室でお世話になった人たちだ。たった1年しか関わりが無かったのだけれど、私のことをいろいろと思い出してくれるようだ。

一人からは「**ちゃん(ここは本名、しかし誤字)が20年たってもやっぱりピュアでとんがっていることに昨年は感銘おぼえました」という賀状をもらった。SNSでやりあって、ブロックしてしまった相手である。少し申し訳ないので、こちらも慌てて賀状を書いた。

一人は、賀状を送ったら今日メールが届いた。今月行うEduce Cafeに参加するとのこと、公立図書館で働いていることがわかった。中学の図書委員会副委員長が今は図書館で働いているというのは、あまりにもイメージどおりであった。

 

さて、翻って、学友にとっての私のイメージというのはどんなものだったのだろう。こわくて聞けないが、当時よく言われたのは、物書きか政治家であった。本人は自主映画を上映できるカフェの主人なんかいいなと思っていた。

 

今の職業は想像もしていなかった。誰か想像できた人がいるだろうか。

そんなことを考えながら、1月下旬の再会を楽しみに待つことにする。