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信頼預金

少し状況を言っておかないと、後で困るかもしれないので。

だからといって配慮してくださいなど思っていないけれど。

 

息子が学校に行かない。予定が狂い時間が大幅に読めない状態。はっきり言って、相当消耗していて身体がピンチ。成績を期日内につけようとするのが精一杯で、新規のことをやれる時間も、書きかけの論文を仕上げる時間も。このままだと書きたいものも書けないし、やりたい調査のことも十分に考えられないのではないかという不安がある。しかし、子供を育てるなら、それは甘えだという話もある。

 

私は(普通の子供は学校に行くのに…)とは思ったことはない。私が普通ではないと言われ続けたので、息子が普通でないと言われるのもすっと受け止める。そして、目の前にあるのは、彼が行かないという事実だ。実際、学校に行くというハードルさえ無ければ、特に子供に困っていることはない。ただ、学校に子供は通おうとしない。それはもう、頑なに。そして、お母さんは僕を産んだのになんで働いて僕を一人にするの、ときた。それを言われて、どうしたらいいんだろうねえ。君を産んだからお母さんは(真面目に)働いているんだが、はてさて。

 

子供は大変なんだなあとか、自分はどうやってあの闇から出てきたんだろうとか思う。

 

私は、実は他人に興味があまりない。目の前のことに興味が行ってしまう。

今日はカウンセリングに行った。それは自分のためではなく息子のためだったが、想定外、私にも担当がいて、別々に話を聞かれるということになった。予約したときには聞いていないことだった。私は予定していないことをされるのがとても嫌いで、今日は特にそれが不愉快だった。カウンセリング60分1500円という安価なのに、2人のカウンセラーさんがいるなんて思いもしなかった。手厚いと喜ぶべきなのだと思うけれど、私は仕事のことを考えたかったので、仕事の前にそういうことをするのは予定が狂うことなのだ。

 

つまり、何も話したくなかった。そこで、聞きにくそうにしているカウンセラーさんに、聞かれたことだけを答える形になった。申し訳ないなあと思いながらも、本当に少しも話したくなくて、だんだん嫌な気持ちになった。息子さんに問題があるのはお母さんにも問題があると言われるのはもう聞き飽きていて、だからどうすればいいんだという話だ。そんなことは今日は言われなかったけれど、カウンセリングを受ける中でそういう気持ちになってくることが多々ある。自分だけでも生きていくのが本当にしんどかったのに、さらにまた叱られたり責められたりする、という感覚がある。

 

私はいつもどおり仕事をしたいし、日常を継続したい。しかし、息子にとっては学校に行くという日常が疑問の対象になっている。自分の引き受けた仕事をきちんと遂行することでしか信じてもらえないと思っているので、「信頼預金」を、少しでも貯めていきたい。息子だってそうだ。誰かとの間に、信頼を形成しなければならないはずだ。自分にも他人にも、見栄を張り嘘ばかりついていても、苦しくなるだけだと思う。そんなことをしたって始まらないんだと、どのように理解させたらいいかわからないのだけれど。とりあえず本を渡してみるとか、話して聞かせるとかしている。何の効力があるかはわからない。

 

この名刺入れは修理する前の状態で、私が学生の時に買って、ずっと仕事で使ってきたものだ。コンランショップで買った。この中には沢山の名刺が入っては出て入っては出てを繰り返したわけで、それもまた、信頼の形成なのである。

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