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待つことと学ぶこと

「待つ」のは難しい。時間がかかる。自分に自信が持てないとできない。私はせっかちなので、待ちたくない。だからよく人を待たせてしまうところがある。結果として、さんざん人を待たせてきたなと思う。せっかちな私は、決して「はやい」方ではなかった。(「いらち」、という方言や、「せからしぃ」という方言が結構好きです。)

 

でも、大事な人が、私がそこに、そのとき待ち合わせに行かないとその人はとてもいらいらするだろうと。その人も私と同じくらい、もっと、不安なのだろうと、だから待てるときは待とうと。そう思って数年前、待ち合わせで待ってみたら、待っているのも楽しいと思うようになった。

そういうふうに考えるようになってきて、その頃から私は、「教育は嫌いなんだ大嫌いなんだ」と言う頻度が減ったように思う。以前、とある人にインタビューをした際、「先生」というのは先をちょっと歩いている人なんですよ、みたいなそんな考え方をしている人がいた。もしそれでいいんだったら、そういう考えが通るなら、先生って呼ばれてその名を甘んじて受けようと私は思えた。私はちょっと「先に」生き始めただけだと。

 

一方、私はいつも穏やかなわけではなく、いろいろ待てない気持ちのときもあるから、そういう心のときは無理をせず遠慮せず、相手に待ってもらおうと。そうやって、待ったり待ってもらったりして人との関係を続けていければ、きっと次第に、いい感じでどこか歩き出せるようになるのではないかと考えるようになった。

 

他人との関係だけではない、1人でいる時間にも、たくさんの「待つ」がある。待つ事から逃げ出して、その間にあるものを潰してしまう方がだいぶ楽なのだが、そこを少しもう少し、がんばって続ける。すると、急に、さっき持ち上がらなかった重さが持てるようになったり、書けないものが書けたりする。