ドアマンのような仕事

私は、東大で仕事としてUTalkというカフェ形式のイベントをしているのだけれど。

 

そこで、私は運営上、「ホストとして」何を気にしているんだろうと。

 無意識の行為について、今日は、ホストをやりながら考えていた。

 

補足:このイベントは「ホスト(東大教職員のスタッフ)」「マネージャー・アシスタント(学生のスタッフ)」で運営されており、そこに「ゲスト(東大所属の研究者、1名)」と「お客様(一般の方どなたでも参加可能、15名定員)」をお招きする、という構成になっている。空間としては東大の敷地にあるカフェを活用している。

 

ーー

まず。

なんとなく開始することを心がけている。

気づいたら始まってた的な感じが理想。

 

次に、

できるだけ司会しない。

仕切らない。今から始めますのとき、企画趣旨を言わない。

司会は情報学環特任助教の森玲奈です、も言いたくない。

言うなら、UTalkのと言うかもしれない。でも必要がなければ黒子が名乗る必要なんてない。私のなかで、イベントの主役は、お客様とゲスト(UTalkではゲストスピーカーのことをゲストと呼ぶ)、両者の間で立ち上がるコミュニケーション。女主人がでしゃばったら主役が引き立たない。

 

最後に。

スタッフに先生とは呼ばせない。

スタッフが先生と言ったら、お客様は私を、先生、と呼びたくなるだろう。

 

ーー

私はホテルのドアマンが好きだ。

彼らは名乗らない。気持よく中に通すのが仕事である。

私は透明ではない、だから、熟練ドアマンに憧れる。

 

彼らの仕事に、替えは、効くだろうか。

 

効くという考え方も、できる。

しかしそれは、自動ドアと替えが効くのではない。

 

そこには教育があるのかもしれないし、学習があるのかもしれない。

彼らは何を観てドアを開けるのだろう。