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師の言葉

学際とは何かという議論を修士1年のとき、青臭くしたなあというのを記憶している。今回、科研で代表2件、分担1件関わることで提出したのだが、教育学がバックグラウンドなのは全ての中で私だけである。**に教育学以外の視点が必要なので協力してください、か、##に教育学の力を貸してください、といったケース。私は、少し前までは、教育学ど真ん中の仕事なんてしていないのでできることなんて無いと思っていた。でも、実際にはそうでもなくて、なぜなら、位置というのは相対で決まってくるからだ。

 

私は自分が所属していた研究室、所属していた部局、所属していた大学にとても感謝している。それは、自分がどの範囲の中でどの役割を果たすべきなのか、もしくは果たせる可能性があるのか、考えることに非常に有益だったと思うからである。

 

先日「尊敬している人の名前を一人、名札に書いてください」という無茶振りを料理教室でされて(!)、私は「大学院の指導教員」と書いた。やはり、ここはどのようなことがあっても譲れないところだろう。私は恩師に出会っていなければ、世をはかなんで逃避していたかもしれない。一つの考え方・やり方を、とりあえず迷わず疑わず学ぶという期間があったからこそ、自分の仕事に対して、ぶれない考えを持てるのだと思う。恩師は節々で本当に素晴らしい助言を私にくれるのだが、例えば

 

「大学で最も価値のあるリソースは人。そこにコストが割かれている。」(M1の授業から研究室に帰る帰り道)

⇒どれだけ人に会えるかが大学生活の価値を決めるのか、という気づき。

 

「君はしゃべりすぎ。今は人の話が聴けないけれど、修了する頃にはきっと聴けるようになっている。」(M1からM2にあがるときの個人面談)

⇒今でも気をつけないとしゃべり過ぎるので、しゃべらないための工夫を考えることにした。その結果が今の講義形式だったり仕事のやり方だったりに繋がっている。

 

「私は君のわからないことがわからない、だから、君は自分がわからなかったことがわかるようになっていく過程を記録しておきなさい。」(D1あがってすぐに博論構成を考える研究面談)

 

「研究にはお金がかかる、お金がきちんととれる研究者になってください。」(博士満期退学のときの会でお祝いの品としてかっこいいクリップをもらった)

⇒お金が必要だということは恥ずべきことではない。その上で、魅力の無いものに人は1円だってくれないので、きちんとやりたいことが伝わるプレゼンは必要。その前に相手と自分の間にあるものが何かを知ることが必要。

 

「人にはいろんな個性があって、それぞれ別の花が咲けばそれでいい。」(博士号が取得できたときに)

⇒時間がかかったけれど粘り強く見てもらえてよかったなあと思った。

 

「どちらの道を選ぶにしても、決めるのは自分。要は覚悟の問題。」(ある意志決定で迷ったとき。比較的最近)

⇒もう自分で決めて良いんだ、と思った。

 

ちょっと書きにくいこともあるのでこの辺にするのだけれど、本当にいろいろなことを学ばせていただいた。ガラクタのような状態から、学際研究が実践できるところまで育てていただいた恩を感じるからこそ、日々、努力しようと思う。

 

親は選べないけれど、師は選べる。だからこそ、大学院に行くときは、誰についていくのか考える必要がある。私は相当な直観で選んだけれど、私は直観を信じていればだいたいうまくいく。

 

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(離職の時にいただいたブーケ。)