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臆する病

このまま誰かが入ってきて、私を撃ち殺してくれやしないか。

そう思った。

 

それはある意味、理想的な結末だ。

なぜならば私はとても幸せで、早くそれを終わりにしたいと願っている。いつかくる絶望に対峙する自信がないのだ。

 

情緒が安定していないのは今に始まったことではなくて、急に哀しくなったり怖くなったりする。そういう不安定になったとき、文字を書いておくと落ち着くので、こうした夜中でもパソコンを開くわけだ。かつては、これがノートだった。こうして記録をしておけば、自分の気持ちの波が把握できるので、多少なりともあれこれがコントローラブルになる。解決の手段が見えてくるのだ。私がよく記憶を無くすのも、おそらく極端に辛い経験から逃げるために自分で生み出した生命維持装置のようなものではないかという気がしている。私はどんどん過去を葬っていこうとする。それは、私が不安にならないために必要なのだ。

 

一方で、私の頭は、瞬間的に膨大な情報、大幅な時間の流れをを行ったり来たりして、しばしば体調不良を引き起こす。さきほどふと蘇ってきた『バッファロー'66』、あれは名画だ。あのクリスティーナ・リッチは随分と浮世離れした可愛さだった。あらすじを書くのはやめよう。愛とはかくあるべきだという1つの形だと思う。

 

とにかく、人生に待っている結末は1通りしかなく、私はまだ撃たれていない。ありとあらゆる可能性を考えて不安になるのはよそう。

残念ながら、私はもう少々、幸せと対峙しなければならないようだ。

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