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彼岸/此岸

空港に着いた。明日までにやらねばならないことがあるのだが、その前に覚えているうちにと言い訳して書いている。

 

日常と非日常の境目をさまようのが旅だと説明して、あなたはわかってくれるだろうか。私にとっての非日常である土地で、誰かがしっかりと日常を送っていたり、はたまたいつもの服、いつもの習慣、いつものインターネットであれば、知らない寝床すら日常になってしまったり。異/同というのは案外、錯覚のようなところがある。

 

仕事帰り、尾道から船で百島に渡り、旧中学校跡をアートサイトにリノベーションしたものを観てきた。作品も面白いけれど、そこに行く道すがら起きたことや周りの環境がその経験をより一層趣き深く成立させていた。

artbasemomoshima.jp

自分の通ったわけではない中学校ではあるが、そこはやはり、昭和に建てられた中学校というフォームをしているので、ノスタルジックな気分になるに時間はかからなかった。3階に上がると、外を見渡せる場所があって、そこで昼ごはんを食べた。中学の屋上でパンをかじったのと同じようでいて少し違う。ワインがあるしそこには海がある。昔ならできなかったことが実現している。

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尾道行きフェリーに乗り込むお坊さんが、フェリーで百島に戻ってくる人に、おかえりなさいと言いながら船に乗り込んでいった。あっちの世界とこっちの世界、彼はいろんな世界を行き来しているのだろうなと思った。

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贈り物

贈り物というのは、思いついた時にひょいっとするのがかっこいいものなので、なんとかの日みたいなのは野暮だなあと思う。

しかし、全くやらないよりも「日」にやった方がいいという概念もあって、だからこの世にはいろんな「日」が設定されている。

 

金曜日の夜に「はいっ」て折り紙で作った花を渡されて、「ん?」ってあまり応じなかったらふてくされた息子が。2日早い、母の日のカーネーションだったらしい。よく見ると結構凝ったデザインになっていて、こんなの器用にやるなあと思う。

 

先週くらいから、母の日に何を贈るかなあと考えていた。多分、この数年は母に、誕生日も母の日も何もしてこなかった。忘れていたわけではなく、余裕がない半分、意図してしたくないのでしていない半分。

 

まあ、いろいろ思うところはあれど、あと何年できるかわからないしなと思い直し、消え物かつ彼女のブログ映えしそうなものを探した。衣類・雑貨にこだわりあり、山程物を持っているのを知っているので、そういう相手に物を贈るのは難しい。

バスタイムのグッズと迷ったが、よく行くレストランの化粧室でみかけるルームフレグランスにした。介護をしているといろいろな匂いを嗅ぐことがあろうかと思う。せめて、香りに癒やされる時間があらんことをと思う。

 

とはいえ、思いついたときにひょっと渡すことの良さに勝ることはなく。どんなに考えたところで、所詮野暮の極みである。

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いつもの木曜日

連休が終わって心底ほっとしている。

 

授業で声を出すと気持ちがすっきりするし、1コマ1コマ終わっていく度に、達成感がある。書物には書物のやりがいがあるのだけれど、行き詰まったり集中できなかったりしても、授業というのはパンクチュアルにやってくる。そして、これがびっくりするほど、疲れていても授業はできる。教室に入ると別のswitchが入るようだ。学生がイレギュラーな反応をしてきても、だいたいチャイムと同時に機材電源を落として撤収できるくらい正確に授業は進む。

 

慣れだろうか。私はここにあと20年通うという現実を受けとめきれないでいる。おそらくそれはありえないことだ。

 

月曜日から木曜日までは授業をしているので、私にとっての週末は木曜日である。金曜日は家族も居ないので自由にスケジュールが立てられる。いわゆる研究日というものだ。土日とつなげて出張に行くもよし、普段まとまってできないことをしてみてもよし。

 

木曜日の5限を終えて研究室に座ると、動きたくなくなる。さっさと帰らないとバスが減るのだが。座りやすい椅子を買ってしまった功罪である。毎週、当たり前のことが当たり前のように起きる。

 

私だってこの10年、何も成長していないよと思った矢先。案外、対社会的にはそうでもなかったのかもしれないと思い直す。

 

先日、Facebookを見ていて、待ち合わせの仕方について書いている女性の記事を見て苦笑した。私はたった10年前は、待ち合わせに1時間、2時間遅れることはざらだった。だから待ち合わせ場所は室内である必要があった。行かないこともよくあった。人が待っているという状態に気が滅入ることもよくあって、それで行けなくなってしまう日があった。

 

この記事思い出した。懐かしい。

mimicocco.hatenablog.com

 

今は待ち合わせをすることの面白さと体験の多層性に気づいてしまった。

端的に言えば、大事でない相手は室内で待ち合わせたいし、大事な相手は屋内屋外問わない。自分から捕まえたい。

待ち合わせを駅とかモニュメントの前でするというのは大変良くて、それは緊張感につながる。雑踏の中で相手を見つけ出したときの喜びを知っている人からすると、効率的で快適な待ち合わせは記憶に残ることはない事務的なものかもしれない。

 

そんなどうでもいいことを考えながら、あと1時間半、バスやら電車やら揺られて帰宅するのを引き延ばしている。

 

初期のEduce Cafeの写真を見つけた。2007年である。

他界された北沢猛先生が写っている。私の本質はこの当時から特に変わっていない。フィールドに通って会いたい人を捕まえた、そういう記憶。

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blog.iii.u-tokyo.ac.jp

苦しみは続く

博士課程に行くとか、研究者になるとかいうのは、苦しみの連続だ。

かっこいいとか憧れるとかそんなものでもないよなあという気がする。

(勿論、知的な苦しみではあるので、部外者からすれば苦しんでいる姿がかっこいいということはありうる。)

とりあえず研究者、なんていう選択は勧めない。

とりあえず大学教員、なら話は別だ。たぶん、研究者と大学教員は違う仕事だから。

 

最近、研究時間が十分に確保できないという物理的問題だけではなく、どのくらい時間をかければできるのか見通しがつかないときがある。そういうときはできるところから作業して進めて、突破口を探すしかない。

 

博士号をとると、何かその先の見通しがよくなり自信もつくのかと思っていた。確かに博士論文の内容をアウトプットしているあたりは、特に問題はなかった。しかしその後、研究をしていくとなると、自分に確固たるディシプリンなんて身についていないのではないかという不安が襲ってきた。

 

不安というよりもある意味それは現実で、研究室や院組織を出てしまってから、研究が行き着く場所は大海で、同じ学会の中で議論し続けていても、それはアカデミアでどのように位置づくのかさっぱりわからないよと言われてしまうことは多々あるのである。もっとも、確固たる領域とその領域区分が明確、かつ他分野と交わりを持たない、巨大な業界ではこの感じが無いのかもしれない。

 

しかし、私が関わっている人文社会学的なもの、そして学際研究と言われているもの、最先端課題と言われているもの、これらに関しては異種格闘技である。別分野の人にどのように理解できるよう語れるかであるとか、別分野の人にどのように必要とされるかとか、そういった部分で、まだまだ、インプットが必要だし、わからないことだらけなのである。

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世代間格差

年長者から、「いい加減メールでのやりとりはやめなさい、そのうち大失敗しますよ」「わかったら私へのメールはやめなさい」と言われた。

しかし、私の職種ではメールが一般的だと私は思ってきたので、うーんと思っている。

 

私は電話はとれないことがあるので苦手である。圧倒的にこちら派だ。

wol.nikkeibp.co.jp

 

メールは他人の手を煩わせるという世代と、電話が他人の手を煩わせるという世代がある。PCを立ち上げる、文字を打つ、これをとてつもなく面倒だと思う人がいるということだ。世代間による慣習差と失礼・無礼の境界は根深いと思った。

相手の立場に立って使い分けるというのが正解だろう。しかし、ネット利用に関しては個人差も大きいため、どちらが快かは探り探りでの場合も多い。

 

 

嗅覚とフットワーク

金曜日午後に京都入りし土曜日最終便で大阪から東京に帰ります。 f:id:hari_nezumi:20170415131903j:plain 詰め込んでしまうのが癖で、なかなか治りません。大阪に見たい活動があり、それを知って前日に京都で研究会を企画しました。行きたいところに仕事を創る、というポリシーで20歳くらいからやってきました。 京都に着いたら、新刊の出版社が京都なので編集者さんと販促打ち合わせ。本の流通についてまた勉強になりました。それから研究会、私も新しくやっていることを話しました。興味を持ってもらえたようで質疑はためになりありがたかったです。それから懇親会等。 宿は以前から気になっていたゲストハウスに。海外からのひとがたくさん。ゲストハウスと高齢者学習を絡めたら?という妄想。日本語とか文化とか。 大阪に移動し釜ケ崎芸術大学の教授会、その前に、上田さんと5月の授業ゲスト打ち合わせ、大学に来てもらい地域もご案内予定。教授会をでて、大阪教育大の堀先生と会食しながら研究相談。鋭いご意見にたじろぎつつ、目指したい方向を再認識。 隙間時間にココルームの図書室で休みました。文字に囲まれ。 良い一泊二日でした。