悪意からの逃れ方

他人と比較してしまう癖がある人は、生きづらそうだ。

例えば、「あなたは〇〇、私は△△、真逆ですね。」みたいな話し方をされたとき、(それでなんですか?)という気持ちになる。そこだけ切り取って真逆だと言うことにあまり意味を感じないからだ。それ以外のコンテクストが全く無視された状態で考えてもどうなんだろうと。

 

いろいろとこの数日、嫌だなあと思うことがあり、実に昨日あたりから身体が固まってしまった。今朝は起き上がれなかった。熱もあるし節々も痛い。だいたい心理的なものから来ていると思うし、その原因である内容もいくつかわかっている。

 

私のことをよく思えない人というのはある程度たくさんいる。その人たちは、私に無理に関わろうとしなくてよいと思う。

世の中には、静かにブロック、とか、静かにアンフォロー、という方法がある。

 

さちあれ

私は、「昔(ほんのちょっとでも)好きになったひと」のことを、口汚く罵るのを良しとしない。

 

一度でも少しでも好きになったのであれば、その人には良く見えたところがあったわけで、そんなことがあった人には幸せで居てほしいと思う。

自分が何も、もう、その人生に関与できなかったとしても、その人の幸せを願う。綺麗事と言われるかもしれないけれど。関与するかどうかは大きな問題ではない。むしろ、関与しないよう努めることもある。

 

好きになれなかったひとに関しては、この限りではない。

https://www.instagram.com/p/BnlJqydBgyr/

 

夏休みの過ごし方

この夏は、他人から習う、教わるということを様々なシーンで試みました。お酒、料理、英会話、ファッション、写真、イタリア語、筋トレなど。やってみたかったことは殆どできました。大学の授業がない「夏休み」だからこそです。

 

8月に購入した一眼レフミラーレス。買っただけにならないよう、とりあえずこれまでで2回、カメラのレッスンに参加しました。1回は、ごはんを撮ることに特化した「モノ撮り」レッスン。そして、昨日は、マニュアル設定で撮影することを学ぶレッスンに行きました。この写真は、今までカメラを学んだことが無かった私が、マニュアル設定で昨日撮ったものです。ものすごく宙を舞っているように見えてしまうけれど、様々な撮影テクニックで可能になったもので、面白かったです。

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おそらく何事も、「マニュアル設定」で意識化した方が学びの近道だと思っています。こんなに充実した学びの時間を作れたのは、私が経済的に以前より安定し、時間も融通できるポジションになったこと、息子も大きくなったこと、家族の理解があること、いろいろなことから実現できたと感謝しています。

 

人に教わった経験、1学習者として感じた実感、例えばどんな時辞めたくなったか、どんな時モチベーションが上がったか。これを細かく記録して振り返ったことは、秋からの、自分が行う授業や講座や、成人の学びに関する研究に還元したいと思います。コンテンツだけではなく、たくさんのヒントをいただきました。40歳として、本当に良い夏休みを過ごしました。

 

大人買い

なんかいろんなものを電子化して捨てて。

急に何枚か、CDをiTunesから買ってしまった。

 

高校のときは登下校も休み時間も、ずっとイヤホンしてる学生だった。途中からヘッドホンになった。世界から隔絶された気分で過ごしていた。

久々に音楽を聴きまくる予感。

アイデア

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Lemon(映像盤 初回限定)(DVD付き)

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魚図鑑

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好きなら問わない(通常盤)

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初恋

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両成敗(通常盤)
 
インフルエンサー

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目抜き通り

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さよならエレジー

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カタルシス

息子も高校進学を考える年頃になった。

早いもので、などとは言わない。とてつもなく長い長い道のりだったし、いろいろなことがあった。

 

小学校、中学校、高校。私は学校と名のつくところに嫌な気持ちがあり、今の仕事をしていてもその感情とどう折り合いつけるか必死だ。そもそもなぜ学校が嫌いだったのか、嫌いだったけれど通い卒業したのか。このことも含め、向き合わない方が楽である。

 

しかし、子供を育てるということは、そうした、自分の蓋をしてきたものを「開ける」部分が少なからずある。以前にもここで似たようなことを書いたが、子育てに辛いことがあったとしたら、その多くの要素は「学校との関わり」だった。

保護者として再び、「学校に行く」必要ができたことは、私が如何に学校が嫌いだったのかを思い起こさせる引き金となった。加えて、当時は、当たり前のこと、として気持ちを押し殺せたものに対しても、素朴な疑問や静かな怒りを感じることを止められなかった。

だから、息子が学校に行けなくなったことを、特段、妙なことには思えなかった。歓迎もしなかったけれど、ある意味、彼の頑なさが私にはなかったのかもしれないし、私は「できすぎ」で器用で腹黒かったのかなと思う。

 

とにかく、卒業してしまえばいい、そうやってクリアしてかないと、人生は自分のものにはならないのだと思っていた。そういう呪いにかかっていたのだろう。

 

自分が中学2年のとき、初めての進路相談で恐る恐る、担任に進学したいと思っていると口に出した高校に、今日息子と初めて行った。それは都内で初めての単位制高校で、無学年制の高校である。定時制なので朝のラッシュで痴漢にあう心配もなかったし、クラスという概念の中で人間関係に不安を抱く必要もないという高校だった。私が中学の頃は、まだ出来たてだったその高校に、息子の志望校として見学に行くことになるとは、想像はしていなかった。

 

自分の中学の進路相談では、「うちからそこに行った学生はいない」という理由で、却下された。もちろん、粘ればよかったのだと思うが、「あなたの成績でそこを目指す必要はない」と言われ、引き下がってしまった。それから、順当と言われる高校に進学したが、1年ほどで、朝からは通えなくなった。

 

学校説明会で、「本校は高い感受性と深掘りする思索を持った学生の多いことが特徴」で、心のコップから水が溢れ出さないようなケアを教師が協力して行っているという話を聴いて、思わず10代の頃を思い出し、涙で目頭が熱くなったことを告白する。それを、息子に悟られることはなかったはずで、話すことも無いと思う。

https://www.instagram.com/p/Bm5CTvRBn0-/

評価が低い

私「さっき、お店でお客さんに『兄弟かと思った』って言われたよ。」

息子「それよくあることじゃん…」

私「でも40歳になってからは、まだ無かったし…」

息子「お母さんが子供っぽいからだよ。」

私「ちゃんとやってるよ…」

息子「中身ちゃんとやってるかもしれないけれど、ちゃんとしてない感じに見えるんだよ。」

私「それじゃあ初めて仕事を頼む人にはちゃんとしてなく見えちゃうじゃん。まずいな。」

息子「それはもう少し頑張っていかないとだめだよ…」

 

 

ってな感じです。若い恋人連れてきてたねって、お会計のとき冷やかされるよりは、まあ、兄弟のほうがいいです。

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秋色到来

お盆過ぎると、全く違う雲、風になるよなあと毎年感じます。

 

だからこそ、今年は先回り。今週は手足のネイルを秋仕様にし、髪も秋っぽく色変更。週末はクローゼットの整理をし、クリーニングに出します。まだまだ素材は夏物でも、柄や色やアクセサリーで徐々にシフトチェンジして。気持ちも新学期の支度をと。

 

環境からの作用を強く受けやすいタイプなので、むしろ、逆手に取って環境を先読んで設えていこうと。

 

去る夏は追わず!

来週にはさらに気分が上がっていることでしょう!

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