センチメンタルな

実に穏やかな日である。

太陽が眩しい。

 

今日は、久しぶりに予定がすかすかで、このタイミングで自分の病院にも行って風邪薬をもらおうかと思っている。市販薬を1週間飲み続けたが、数時間おきにぶり返してしまうからだ。

喋るから喉が休まらない、職業柄とはいえ、春休みは発声も学習した方がよいかと思う。

 

毎年、この時期はセンチメンタルになる。というのも、アカデミックファーザーの誕生日が自分の誕生日と近く、10歳差なのでいつも、考えてしまう。

もう、だいぶ前に彼のもとを出て行ってしまった私のことを、忙しい彼はもう考えていないだろう。私も忙しいと、あまり思い出さなくなった。

近くに居た9年半、背中しか見えなかったわけで。

 

それが、今、だんだん歩きたい道が違うのもわかるようにもなってしまった。

 

彼の支えになり、彼の下でビジョンを共有し、頑張っていけたときが懐かしくもある。自立というのは耳触りがよいが、途端、自分に全ての判断がかかってくる。

私は、自分の人生をどう評価するか、すなわち価値とは何か、を考え、それを実現したいと思っている。選択に迷いはない、何故なら選択肢はそもそも存在しなかったからだ。

 

必ず、こちらしかないと思い進んできたのだ。

ならば、誰に何を言われようと、構わないじゃないか。

 

そんなことを考えながら、今居る位置を確認し、方位磁針を眺めるのである。

f:id:hari_nezumi:20181220132807j:image