歩いていくこと

久々に熟睡した気がする。

あまりにこの数日、いろいろなものを見ていろいろなことを感じ、考えたのでどこから手をつけていいかわからない。やっとタイプするくらいに身体が回復した。(この数日に会った人を掴まえて饒舌に語ってしまってすみません、あれはいつもの私ではない、はずです。)

 

それだけ充実していたということ。実に、生きている。良い。

時間軸で整理していきたい気もするのだけれど、昨日思い出したことを1つ、先に書いておこうと思う。

 

宗教色の強いユタから飛び立ち、サンフランシスコ空港からUberダウンタウンにあるゲストハウスに向かう途中、ビルの立ち並ぶ風景を見て、やっぱり都会は好きではないなと思った反面、見慣れた風景にほっとしている自分が居た。この、相反する感情は、私が生まれた場所には抗えないということを示していると思う。

 

以前、職場にアメリカから来賓がいらした際、「これまでにアメリカに来たことがありますか?」と聞かれた際、私が2回と答え、「ハワイと…」と言ったら、同僚の年上日本人教員に「あなた、ハワイは…」とくすっと日本語で笑われたということがあった。私は続けて、「その前に、ボストンとトランジットでシカゴ」と言ったのだが、おそらくバカンスで行ったハワイはアメリカに行ったってことに入らないというニュアンスだったのだと察した。来賓のアメリカ人の方々は、私たちはハワイに行ったことがない、とか、いや素晴らしいところだ、とか会話をつなげてくれて、私はハワイには国際会議で行ったので海は見ただけなんだと言った。でも、このときから、私は、「あなたは今まで何回、アメリカに来たことがありますか?」という質問に、どう答えればいいのか、少し躊躇うようになった。

 

そして今回、ユタで私は「ハワイを入れて今回で3回目です。」と答えた。でも、そう答えてから、すごく自分で気持ち悪さを覚えて、後悔した。

ユタはとても独特だったし、おそらくアメリカの中でも変わったエリアなのだろうと思う。それでも、ユタはアメリカだ。だったら、ハワイだって、アメリカだとはっきり言えなかった自分はすごく嫌な奴だと思った。

アメリカは広く、実に様々な人々は暮らしているのだと思う。今回、ロサンゼルス、ソルトレイク、サンフランシスコ、降りてみてできるだけ時間の許す限り動いてみて、それでも、野菜は大きかったし、フレンドリーだったし、そしてそれはハワイでも同じことを感じた。ボストン・シカゴは7年前なので、ちょっとあまり苦いことしか思い出せないところもあるけれど。

 

「アメリカは人種のるつぼ」

教科書で覚えたフレーズだ。しかし、私はいつも、全く意味がわからないまま解答していた。でも、覚えたから今思いだす。教科書の意味を知るためには、歩くしかない。

 

みんながどこかで自分のルーツにこだわりながら、ときにそれを意図的に忘れ、ときにそれを支えにして生きているのか。国というのはとても不思議な概念だなあと改めて思った。

あなたと私、どこからが一緒で、どこからが違うのか。少なくとも、アメリカにはいろいろな信念や宗教があるので、そういうことで国の輪郭は見えてこない。

 

 

いつも自分に思う。

1つの国に、1つの街で行った気になるな。

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