私は自分自身と向き合うことからしか研究関心を見つけられないところがある。
研究だけではない。すべての創作を、行動を、突き動かす、何かがあって、それがたまたま何かを結びついていろいろな形になっていくような。
授業をしていても、研究計画書を書いていても、企業の方のコンサルをしていても、料理していても、電話していても、テレビを見ていても、私は私の中にあるものと向き合って、そことおしゃべりをしている。
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今日は、帝京大学ソラティオスクエアで、第7回ブックカフェテラチ「戦後と向き合う」を聴いた。
このイベントは、私の教え子が立ち上げたもので、彼が企画をするのを見守っている。しかし、私はマネージャー的に場に関わっているので、これまでは、企画していることそのものには興味があったけれど、中身に聞き入るということは無かったかもしれない。
大学生、教員、地域の高齢の方、帝京大学ソラティオスクエアに集まってきた。
本の紹介があって、戦争の話をした。
大学生が、今戦争があったら行くかみたいな話になったとき、大事な人のために行くと言ったのが印象的だった。それに対して、高齢の方々が、あなたが戦争に行ったら、その大事な人が哀しむという話をしていた。
私はこのことについて何も答えを持っているわけではないけれど、ふと、父方の祖父のことを思い出していた。父方の祖父は戦争でマレーシアに行った経験を持っていて、彼は戦友会というのに入っていた。元気に戻って来られた仲間と、月1くらい集まって飲んでいた(ような気がする)。
私は子供のとき、それがとっても嫌いで、いつしか祖父と口を聴きたくなくなった。戦争で友達ができた、思い出話で酒を飲むなんてと思っていた。戦争は悪いことだという気持ちでいっぱいで、汚らわしく思っていた。
あるとき、大げんかをし、もう祖父には会わないと言った。私は結局、祖父の葬式に出なかった。当時の私には祖父の声を聴く度量も勇気も無かった。
百草団地の高齢の方々と接していると、自分が如何に祖父母と関わってこなかったかに気づかされる。しかし、血縁というのはそういうことを難しくしてしまうところがあるようにも思う。
他人だからこそ、世代を越えて話せることがあるような気がする。