不実な恋は美しい。あるいは、動的平衡系はいかに許容されるか。

“秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。”

”なぜか?ここにシュレディンガーの予言が重なる。シェーンハイマーの死語3年して出版されたシュレディンガーの『生命とは何か』で、彼は、先に記したように、すべての物理現象に押し寄せるエントロピー(乱雑さ)増大の法則に抗して、秩序を維持しうることが生命の特質であることを指摘した。しかしその特質を実現する生命固有のメカニズムを示すことはできなかった。” (中略)

つまり、エントロピー増大の法則にあらがう唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり、流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。”福岡伸一『生物と無生物のあいだ』より)

 

ここ数日考えていたこと(例えばこれ)を、別な表現で見つけたものがこれだ。前から持っていた本なのだが、見つからなくて読みたかったので古本で再度買った(もう一冊、最近、再読しているのは、ドゥルーズの『差異と反復』)。本当はこの方向で、いろいろ新書でない本を読んでみたいところなのだが力不足で難しい。

 まず、誰かと、いや、あなたと

   ソーシャルメディア、の話とか。

   記憶をどう捉えるか、という話とか。

   不実の恋の不在、という話とか。

   秀逸なシステム、についての話とか。

   Barにおける甘えと粋、の話とか。

   応接間はどこにいったの、という話とか。

 ふわふわっと話をしてみたい。そういう、いわゆるいろいろなあいつらについて。

 補足:前掲の本、このあとにジグソーパズルのアナロジーがでてきて、そこも面白かった。学習の話ともとても深いつながりを感じる。細かいあと一歩のところへのヒント。すっとつながっているように思える。