タイムカプセルを2人で山奥に埋めて、みたいなお話に憧れることがある。
数年前、父がやんやと連絡してきて「あなたたちの荷物を処分する前に見に来て欲しい」と言ってきた。こちらも忙しいのに、なんで急かすのかとは思ったが、娘と妻の荷物を自宅から一掃し、改装すると言っていた。当時、私の母は介護を理由に祖母宅に同居を始め、もう実家には帰らない様子になっていた。
私は、19から実家を出てしまった。久々に見た大量の衣類と書類をオール破棄とし、本を3分の1くらい大学に送った。大学入学時から、自分史として購読し始めた雑誌のバックナンバーは数冊残した。最後まで、高校時代に買い集めた皿のことが気になったが、それは整理対象に入っておらず、既に破棄された可能性も高かった。
新しい世帯を持つということ。
私は今は、世帯主である。それは親からしたら、さっさとこっちからはゼロにしてね、という話だったんだと思う。解散みたいな感じ。
世帯を分かつ、そのあとは、もう、なんか別に生きていくんだなという感じ。
分かつところで、私ってなあに?という壮大な問題とともに、あらゆる、学生時代の記憶を消した。卒アルも証書も色紙も保管していない。文集とかも捨てた。なにもかも、捨ててしまいたかった。現在を構成するものが過去かもしれないが、それは全部私の血になり、内化されたと思っているし、むしろルーツなんか考えたくもなかった。私は、今しか見たくないのだろう。
物に執着しない方だが、手紙と長年のスケジュール帳、だけはどうしても持っておきたいものがあり、それらは今は職場の引き出しがそういうものを保管する場所になっている。転職するとき、また考えるのかもしれない。
ただ、突然この世を去るとき、手紙や手帳が他人の目に触れるのは照れ臭いなと思う。まあ、その時私は居ないからよいのかしら。そういえば、10代の交換日記を処分した記憶がない。あれはまだ実家にあるのか。考えたくないな。
私が他界したら誰かが哀しむか、とかも考えていた。残念だ、とは言うかもしれないが、哀しむ人はそんな居ない気がする。
40年、淡々とやってきたけれど、私がここにいなきゃいけない意味って無いなあと思ってしまった。まあ、投げられた球、慣性の法則みたいな感じで、日々を送っているだけなのだ。
でも、とりあえず、目先の、楽しいことを考えよう。そして、楽しかったことを書き留めよう。私は私のために。