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苦しみは続く

博士課程に行くとか、研究者になるとかいうのは、苦しみの連続だ。

かっこいいとか憧れるとかそんなものでもないよなあという気がする。

(勿論、知的な苦しみではあるので、部外者からすれば苦しんでいる姿がかっこいいということはありうる。)

とりあえず研究者、なんていう選択は勧めない。

とりあえず大学教員、なら話は別だ。たぶん、研究者と大学教員は違う仕事だから。

 

最近、研究時間が十分に確保できないという物理的問題だけではなく、どのくらい時間をかければできるのか見通しがつかないときがある。そういうときはできるところから作業して進めて、突破口を探すしかない。

 

博士号をとると、何かその先の見通しがよくなり自信もつくのかと思っていた。確かに博士論文の内容をアウトプットしているあたりは、特に問題はなかった。しかしその後、研究をしていくとなると、自分に確固たるディシプリンなんて身についていないのではないかという不安が襲ってきた。

 

不安というよりもある意味それは現実で、研究室や院組織を出てしまってから、研究が行き着く場所は大海で、同じ学会の中で議論し続けていても、それはアカデミアでどのように位置づくのかさっぱりわからないよと言われてしまうことは多々あるのである。もっとも、確固たる領域とその領域区分が明確、かつ他分野と交わりを持たない、巨大な業界ではこの感じが無いのかもしれない。

 

しかし、私が関わっている人文社会学的なもの、そして学際研究と言われているもの、最先端課題と言われているもの、これらに関しては異種格闘技である。別分野の人にどのように理解できるよう語れるかであるとか、別分野の人にどのように必要とされるかとか、そういった部分で、まだまだ、インプットが必要だし、わからないことだらけなのである。

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