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はじめての

お世話になっている出版社の方から、連句会にお招きいただきました。

 

「レンク?」という状態だったので、そんなことできるかなあとは思ったのですが、信頼している方からのお誘いはスケジュールが合えば受ける、というルールを作っているので参加するというお返事をしました。その後、趣味を行う人の研究をする研究室の後輩と、暇を弄んでいる息子とを誘い、3人で行くことになりました。

 

季語集を買うように言われ、amazonで買ってもよかったのですが、少し他の本も見てみようかと思い、ジュンク堂連句連歌あたりのキーワードで本をザッピングしました。いくつか興味がある本がありましたが、購入したのは下記です。

はじめての連句―つくり方と楽しみ方

はじめての連句―つくり方と楽しみ方

 
連句・俳句季語辞典 十七季

連句・俳句季語辞典 十七季

 

 

結局仕事に追われてしまい、私は予備的知識を入れず、当日参加したのですが、息子は本を熟読したのでかなり面白かったみたいです。良いゲームにはルールがつきものなわけですが、「連句」にも、他者と共に遊ぶための、「くるたのしい(Hard-Fun)」なルールがありました。

 

簡単に言えば、

5・7・5

7・7

5・7・5

7・7

5・7・5

7・7

と、句を、チームメンバーとともに続けていく、その間にコンペティティブな要素があったり、前段からの制約や初期設定としての制約があったりして、創作を続けるという知的遊戯です。

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老いも若きも関係なく、季語集を引きながら、句を詠みます。「サバキ」という幹事的な役割の人がチームに1人いて、句を選んだり、進行をしたりします。「サバキ」とのやりとりの中で、新参者は多くのことを学びます。言葉の選択や感性は人それぞれなので、経験者であっても、他人の感性に触れ、新鮮な気づきを得るようです。古参者は、他者の句の改定に対する助言をすることがあります。

 

このシステムは、他の古典芸能にもあるのでしょうか。遊びの中に教育があることを感じました。また、競争的要素が入っていることから、切磋琢磨するモチベーションがあがるようです。息子も後輩も、随分と終了時、悔しがっていたのが印象的でした。もっとうまくなりたい、と彼らは言っていました。たった数時間の初体験が、そんな感覚を引き起こすというのは、興味深いと思いました。

 

ジュンク堂には、他にこんな本もありました。これは大方、本屋で読んでしまいました(スミマン…)。正岡子規が、連句連歌だったかもしれないです)は芸術的ではないと言ったとかいうくだりがあって、なるほどなあと思いました。おそらく、協働性、非計画性、即興性というのは、従来の芸術の枠組みから逸脱した、遊戯だったのだと思います。今では、芸術と遊戯の狭間にある活動が活性しており、そういった視点でも、連句は面白いと思いました。メディアアーティストである安斎さんの連画も、本の中で取り上げられていました。

可能性としての連歌

可能性としての連歌

 

 

というわけで、乗りかかった舟なので、また、連句の会に行ってみたいと思います。

 

追記:

Facebookで教えてもらいました。

連句雑俎(寺田寅彦

http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2461_11119.html