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対等と不均衡

今日の不安。

 

私が自分の仕事の話や思っていること、あれこれ話すのをずっと聞いていてくれるあなたに対して、時々不安になってしまうことがある。私だってあなたの話を聞きたい、あるいは、私は聞かなくっていいのかなと。でも、仕事に関しては専門が違うと話されてもわからないことが多い。知りたいとは思う反面、私にわかるように話すのは苦労だと思うし、そんなことをするよりは一人で考えていたいんだと思う。それはそれでいい。でも仕事以外の話は?私はあなたの話を聞くに値しない?受け止めるだけの思考力と教養がない?そんなことを思うこともある。

 

ところで、不均衡な状態は、心地良いですか?

 

私は最近、対等ってなんだろうと考えていて、それはそれぞれがそこに居場所があるということであって必ずしも均衡を指すのではないんだろうという結論に向かいつつある。例えば、4人組が議論していて、4等分に発話量があれば対等なのかというと、そんなことはないだろう。発話の順序やそれぞれの発話の関係性を見ていかないと、そこで起きていることは把握できない。量ではなくて、それぞれが居心地よくそこで発言できていれば(もしくは黙っていたとしても!)対等だと思う。

「僕はどこかで対等な気持ちを君に持てていなかった」というようなことを先日、別なある人に言われたのだけれど、それはその人は居心地が良くなかったということだと思うので、私にもそういう環境をつくってしまった責任があるなあと思っている。しかしそういう関係というのもまた、あるのだ。

 

兎に角、私は少しだけ自分を守っているのかもしれないけれど。いつも私がいっぱい喋って、途中で相槌を打ったり何回かに一回とてもはっきり意見してくれたりする、量からいったら8:2、もしかしたら、9:1かもしれない会話を居心地が良いと思っていて、あなたもそうだと良いなと思っているんだけれど。

どうですか。もし違ったら、今度、教えてください。

 

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