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「鬼十則」と学習者のレディネス

電通というのは、いろいろな意味ですごい会社だなあと以前から思っている。

入社したいと思ったことは無い。「鬼十則」なるものがあると聞いて、「鬼」って…という気持ちになっていた。先日、労災の件を英会話で話すとき、「鬼」をどう訳していいかわからなかった。

 

恥ずかしながら、「鬼」という名前に10年以上びびっており、内容を読んだことがなかったのだが、実際に見てみると、さほど違和感の無い内容だった。

1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。
2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。
3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。
4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。
6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。
7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。
10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。

 

当然、5の表現に「殺されても」という文言があるのは物騒である。しかし、それ以外は、一流の職業人らしさがあり非常に理解できることだったので、拍子抜けした。この十則が問題なのではなくて、これが社訓として、新人に至るまでの教育に用いられてきたことに、難しさがあったのではないかと思った。

 

この十則を述べた吉田氏は、自身の手で仕事を切り拓いてきたわけで、その後だからこそこの言葉が言える。その前には、様々な苦労があり失敗があり、悩み迷いもあったと推察される。奇才とは言えども、必ず、そこに至ったプロセスがあることを、私は熟達化・キャリアヒストリーの研究を通じて痛感した。

「個人レベルの仕事論」は、編み出されたプロセスとセットで語られてこそ教育的価値を持つ。則だけが語られ、則に至るプロセスが伝承されなければ、きついロールモデルを押し付けられているようなものだと思う。

 

話は変わるが、私は授業をする際に、必ずすることがあって、それは学生のレディネスのチェックである。どのような動機で履修しているのか、なにを知っているのか、どんなことに授業外で関心があるのか、話すのは得意か、指示は理解できるか、こういったことを、授業2回分をかけて、ワークを通じて観察している。その中で、カリキュラムデザインの微調整を行うのだ。この件、どんなワークで何をチェックするのかは、また別記事で詳しく書きたいと思っている。

例えばこんなものを使う。

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とにかく、教育をする際に、レディネス(学習に対する準備状況)を把握しないで単一の価値観を押し付けることは、弊害が多いのだろう、と思った。

 

角度は違うけれどこの記事は、それなりに面白かった。

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