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声無きところ

先日、とあるワークショップにゲストで参加しました。

まちづくりに関するもので、私がフィールドにしている地域ではないのですが、駅が市の境にあることが、私が扱う場所と似ている特徴がありました。地域の子育て支援についてディスカッションすることになっていて、私は部外者としてその卓についたのですが、他の方は自治会長をされている高齢の男性3名、自治会長をされている高齢の女性1名、大学生1名でした。つまり、誰も「子育て世代」はいませんでした。

 

各々、まず個人で考える時間がありました。その後、印象的だったのは、高齢の男性1名が、「何も思いつかない」と最初におっしゃったことでした。自分は今子育てをしていないし、孫も他地域に住んでいる、だから何が支援になるか想像できないというご意見でした。

 

結局、ワークショップでは、意見が出たものを例えばポスト・イットに書いて貼っていくといった作業になってくるので、アイディアが無いという場合はスルーになってしまいます。しかし、現象としては「何も思いつかない」ことの意味を考える方がずっと意義があるような気がしました。想像もつかないと言った彼は、ワークショップの後、少し、イメージできるようになったのでしょうか。

 

自分の関わっていないことに、自分が居ない立場に、どのような想像力を働かせることができるのか。私は慮ることが得意ではないので、いつも苦しんでいます。経験できることは限られています。何かをすれば何かをしていない、だから、到底わからないことがある。でも、わかりたいという気持ちで、いろんなことを識りたいと思ってきました。経験から学ぶことは大事ですが、経験以外からも学ぶことができるのが人間だと思っています。

 

先日、とあるランキングを見ました。グローバルジェンダーギャップ、日本は世界111位だそうです。先進国の中ではかなり低いとのことです。私は、先の記事「なりたいものになれる。」でも書いたように、あまり自身のジェンダーにこだわりが無いのですが、それは、無いという境地に達するまでの過程に、様々な嫌なことがあったことと表裏です。おそらく、この数字が意味することは、女性にとって住みにくい国なのではなく、誰にとっても住みにくい国であるということだと思います。

ジェンダーギャップというのはギャップなので、男性にとってもおそらく、私の計り知れない苦労と、生きにくさがあるのではないかと思うのです。

 

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