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Later Life

毎朝、鏡を見て初めて、私はこんな姿かたちをしたいきものなんだなあと知る。

 

起きた時に、昨日と同じ自分だと思うことには違和感があって、それを確かめる必要がある。確かめていくというのは、昨日までの嗜好と今日の自分の嗜好の一致を確認できることだったり、昨日嗅いだ匂いがすることだったり、昨日のつくりおきをキッチンに見つけたり、そういうことである。生きていくのは実に難しくて、なぜなら、眠るたびにリセットされていく記憶と実存とのインタラクションの中で、右往左往するからだ。

 

こういった意味で、どこに行っても自分らしく生活するというのはとても意味のあることで、旅は欠かせない生きる術だ。それは、自分とは最低限何を死守すれば良い存在なのかを体感することだから。

 

荷物を機内持ち込み最大サイズまでを自分のすまいだと規定することによって見えてくることもあるので、やったことがない人は試して見てほしい。

結局何も要らなかったんだということとか、どうしても必要だったことは何かとかが見えてくるので、それをやった経験がある人と無い人とでは、Later Life(後半の人生)に違いが出てくる。

 

Later Lifeというのは、40歳以上なんだ、いや人生の後半はもっとあとなんだとかいろいろあるかもしれないけれど、私は間違いなく、もう人生の後半を生きている。なぜならば、棄てる前と後、ある意味、「死」を経験しているからだ。人生は早いところ後半に入った方が楽しいんじゃないかと思う。

 

余生なんて考えはさらさらなくて、こっちのための前座が今までだったのだと思うし、生きていけば行くほど、私は毎日が楽しくなっている。それは、知っていることが増えていくし、自分がどうしたいかわかっているし、その間で何をしなければならないかも、なんとなく察してきたからだ。

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