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私/私たち

朝からいろんなことを考えたはずなのにだいたい忘れた。今日という日は、イギリスとオーケストラとコミュニティという3つのテーマで埋め尽くされた。

 

今日は夜、ブックカフェのゲストとして話をした。

learningful-ageing.jp

まず、「コミュニティ問題」を紹介した上で、地縁や血縁から開放された(かもしれない)私たちについて、説明した。そして、私たちが実践を共有する実践共同体を複数形成していること、さらにその先には、実践活動を共有しない潜在的な関係性とも言うべき、関心共同体もあるのではないかという話をした。

 

だいたい、EUーイギリスの話は、「お隣は本当にお隣だったのか?」という話だと私は理解している。私は19で初めてフランスからイギリスに列車で行ったのだが、その時、あまりに容易く移動できることに驚いた。しかしその時はまだパスポートが必要で、容易さは交通という意味における容易さだった。

 

イギリスがEUに加盟したということは凄いことで、一方でポンドを使い続けていたわけで、歴史的経緯を考えても不思議以外何ものでもなかった。メリットをとってあのカタチになったのだろうが、人と人とはメリットだけでは結び付けない。そのいびつさが、何かを生み出すことは予測可能だった。とにかく、EUというのは私からすれば信じられない不思議なしくみだった。ここで私がEUを過去形にしていることは、何というか、それを受け止めきれていないとう感覚が現れているんじゃないかと思う。地理的に近いから繋がるということがどのような意味を持つのか。私たちは、空間の制約を受け続けるのだろうか。

 

オーケストラの話というのは、後輩の研究相談のことで、私はそれを月に2度ほど聴くことになっている。うっすらした制度の中に身をおいて、後輩のファシリテーションをしているのだが、それを断ることも多分できたはずで、なぜならそれは職務ではないからだ。では何故私はそれをしているかというと、彼とはあれこれ縁があったという経緯があるし、内容に関心がある。彼とこれからもつながっていくことは私にも彼にもメリットがあると考えているし、彼とつながっていることで、私は出身研究室ともうっすら関係を継続できている。そう、指導教員と直接会話することがなくとも。うっすら継続された縁というのは、いわゆる「弱い紐帯」である。

 

日本にとってイギリスというのは隣だったのか否か。おそらく隣ではなかった。だって、こんなおおごとになるまで、newsでは殆ど時間を割いていなかった。これはいつものことで、私はヨーロッパのことが知りたかったらネットを見ることになる。日本にとって、EUというのは特別な出来事でもなければ時間を割かれない場所であり、おおごとになった今でも、円がどうなるかという話でもちきりだ。

 

しかし、考えてみるとぞっとするのだ。私はどこに居る?EUの件が対岸の火事だと思うのだとしたらそれは稚拙だ。これは、移民のことや貧困や資本主義、コミュニティ問題として捉えることができて、まさに、イギリスは閉じることを選んだ。それは耐え難きあれこれがあったからとも思うので、現象を糾弾する気はない。私にはその資格はない、投票権もない。しかし、あれを「あなたの問題」と思う気は全くなくて、あれは間違いなく「私たちの問題」だ。

 

ブラスやオーケストラにいると面白い学習があって、最初は自分の楽器演奏の上達に奔走するのだけれど、そのうち、パートとか、楽器内、金管楽器内(私たちはKinkan'sと私たちを呼んでいた)の問題、そして全体について考える。もっと言えば、1楽曲なのか、数曲の構成で見せる演奏会かということも。部分と全体という思考の多くを体験的に学んだのは、私は音楽からだったのではないかと思うのだ。スコアを見ることから、周囲と合わせることから。そして、目的は、ひとつの音楽をつくることに向かっていく。つまり、オケでの学習は、「私⇒私たち」への変換だと仮説できる。私がオーケストラを辞めた理由は、とてもシンプルで、音楽を楽しめなくなったということだった。いち聴き手として在れなくなった自分に対し、辛さを覚え、全体の楽曲が楽器ごとに分離して聴こえだしたことを止めたかった。私はいまならば、行ったり来たりすることができる気がする。

 

さて、私はイギリスとEUについては何の解決策も持たないし、それを行使できないが、他人事とは思っていない。コミュニティというのは、求心性を持つほど排他的であるという側面があるように考えられてきたと思う。例えば、もし船が沈没しそうになったら、血縁である子を助けるのが一般的であるような、そんな感覚だ。しかし、バリー・ウェルマンの、ネットワークという視点によるコミュニティ解放論は、排他性を生み出す根幹にある区分、ある種の壁について、取り払っているように思う。しかし、社会は逆行しているのかもしれない。壁をつくる方向に。

 

木曜日は奇しくも、ケベック独立運動がテーマになった演劇を観た。個人の記憶と集団の記憶が交錯する物語だった。人生で一番、テーマに入り込めた、素晴らしい経験ができ、本当ならそれについて1本blogを書きたかったくらいの中での、今日の投票結果だった。昼ごはんを食べながらテレビを観ていて、うっかり出るのが遅くなった。今日は本当は何もしたくないくらい、そのことだけを考えていたかったがそうもいかなかった。ベルリンの壁が崩壊したところを私はブラウン管を通じてしか見ていない。今回、緩やかに崩れつつあるEUを、目の当たりにするのかという気持ちになったが、昨今は契約社会、そうそう"離婚"は簡単に進まないようである。それよりも、"離婚調停"中に何がどこで起きていくのか、予測もつかないが、とりあえず最近のパリはやばそうだ。こんなことをごちゃごちゃ考えながら、神保町の世界中の地図を売っている問屋で大判の地図を買った。私はやはり、地図をしっかり見たい方で、Google Mapでは満足できない。

 

さて、これらのことは全てが断片なのだけれど。

この断片が別個だとは思えていなくて。人生とは、「私/私たち」の物語なのではないかという気がした。

 

そういえば、私がどんな風に授業をデザインしているかという話が学生は面白かったらしい。私は、その場にいる構成員と授業をデザインしていると考えている。それはコミュニティだと。私が授業で何かを言うとき、We have to… と言いたいように。すべからく、それは、You should ではなく。

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