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嵐の夜

今日、旧知の生物の研究者に会いました。偶然高校が同じ。何歳か下なのに彼女は凛としているのでそんなふうには思えないです。私は彼女がとても好きです。

 

これから渡仏する、すなわち、Run-away's になるという話を聞きました。そういう状況でしたので、暴風雨でしたが覚悟してご飯に行きました。

 

彼女は、もう日本に帰ってくる気はない、少なくともないつもりで行くのだと言っていました。私はとてもいいことだと思って聞いていました。彼女の感じる閉塞感は、大事な感覚だと思います。彼女には3人のお子さんが居ます。そのことを考えても、フランスはとてもおすすめです。

 

私には単身渡仏して12年になる親友がいますが、彼女を見ていると生きるということについて考えさせられます。なぜ私は移民にならなかったのか。私は25歳、妊婦だったとき、ひたすら海外での子育てについて調べていました。移住計画を立てていたのです。院試に受からなかったらワインアドバイザーの資格をとり、少し個人で輸入販売のキャリアをつけたら完全に移住しようと考えていました。でも、なぜか、院試に受かりました。そういう運命だったのだと思い、ありがたく進学することにしました。そんなこんなで数年が過ぎ、気づいたら、日本で働いています。

 

日本には不思議な習慣があるとよく思います。先日、JST主催のとある「ワークショップ」に行きましたが、ある種の人たちとの腹の探りあい的な会話は、苦痛で仕方なかったです。でも、終盤に用意された助成金の説明を聴くために頑張りました。大人です。でも、そういうのはすごく不健全に思えました。

 

大人って不健全なことができるってことじゃないですよね。

だから、その日はささやかに打ち上げをして気分をおさめました。

 

不健全でうっとおしいことの中でもめげずにやっていけるのは、研究が楽しいからなのです。なぜ研究が楽しいと思えるのかというと、それは自分で決めて自分で動けるからなのだと思いました。頑張らなければ成果が出るはずがない、というだけのことで、のんびりしたいときはそれも可能です。だから、研究職はとても幸せだと思います。

 

揺れ動く心があります。組織の人として動くということがうまくできていない気がする自分がいます。また、海外に移住した多くの友達のことを思うと、なんだかタイミングを逸してしまった自分が残念でなりません。

 

もうすぐ中学生になる息子にとっては、日本で学ぶことがいいのかな?と思うときがあります。無責任な話ですが、君はどこか違う国の学校にでも行けばいいんじゃないかな、と思うのです。本人が決めれば良い話なんだけれど。そう思うので、一度、一緒にどこかに滞在してみるのもいいかなと思うときがあります。

 

今の仕事は恵まれていて、やりがいもあり、楽しいのです。

不満なのではないです。ただ、何かこの中でずっと居るのかなと思うと違和感がある。

今日改めて思いました。私には、言い訳するような柵はもう無いのです。