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目の前の人が、愛した人である。

今日は書きたいことが山ほどある。私は「君が遠くに居た時ほど」一生懸命blogを書く、さしずめ君のために書いているのだろう。ちなみに私は今、「友人」とは、一緒に居ない。物理的にはね。ここに飲みに来るといい。もう帰るけどね。

 

さて。

私は最近、キャリアについて怖ろしさを感じた。私は以前、信じられないほど硬くなに、自分の関心のないことはやりたくない、と思っていた。博論を書いていた時かな、いや、リライトを重ねる前だ。でも、そのときは、何もしたいことなんて無かったんじゃないかと思う。そう思うくらい、今のほうが、したいことがあるんだ。でも、したいことが閾値を超えたところで、私は、したいことを、あらゆる世界の中に見出すことができた。つまらないと思うことがなくなった。

 

使命感なんて、私にはさらさらない。私は、ただ、ありとあらゆるところに、自分がやりたいことを見つけられるという不思議な観方を持った。これが、博士号だったのかと思った。

 

しかしながら、対象に偏愛しないというのは、また、研究を始めにくくなるポイントでもあった。その先で、対象としたものを愛すということを学んだ。

 

汝、目の前を愛せよ。ちょっと運命論者みたいに聞こえるかもしれないが、そこは違うんだ。もう成人は、いろんなものを変えられない。積んできたものがあるから、かならずそれが、どこかに自分を届けてくれるんだ。

 

素晴らしい靴はあなたに、素晴らしい出会いを届けてくれる。

今日は、良い靴を履いている学生を見たので、君の靴はとてもいいねと言った。私も君と同じメーカーの靴持ってたよ、と言ったら、もうこのメーカー履かないんですかと言われた。そうねえ、私には別の靴が見つかったからね。それはそうと、君の靴底が減っているのが気になっている。じゃあ、また来週ね、みたいなことを思いながら、毎日、微笑ましく過ごしています。