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自由な人

過日、「君は自由な人だ」と言われた。

 

古い恩師の1人からである。当時を振り返り、彼曰く、「質問しにきたのに、1人でものすごい勢いで話しているから、そして話終わる頃には違う話になっているけれどすっきりした顔をして帰っていくから、ああこの人は僕に話をしたかったんだなと思って聞いていた」と。数年を経て再会、「今日は好きなだけ話して良い」と言ってもらったので、考えていたありとあらゆる話をした。そして相手の話も聴いた。

 

 他人の話を聞けない人だとよく言われてきた。だから、私は「聴きとりの作法」を学びたいと思ったのだと思う。でも、それを専門として学んだ今でも、気質、根本的には変わってなくて。聴くとき、そのようなスイッチを入れているだけで、油断するとついいつまででも話してしまう。わがままとか勝手だとかとどう違うのか、紙一重だろう。けれど、彼は私を「自由な人」と言った。そのことを、つまり彼がそこに居ることを私は有り難いことだと思い、受け止めた。

 

一方、何も話したくないと思うことがよくある。何も興味がわかないとき、気分が向かないとき。そして、どこで話しやめていいのかわからないとき。授業は少し良い。話すことを許されている時間である。始めと終わりにチャイムがなる。その時間、私と一緒に考えてくれる人がいることを幸せだなあと思う。教室の中にはさまざまな賢さがある。毎日、その知性に驚かされる。大学は変化に満ち溢れている。

 

私自身これからどう生きていくんだろう。人として生きていくことについて。

それにしか興味がないと言ってもいい。生きているという所与の中からしか自由は存在しない。そればかり考えている。

 

備考:雨の音と友人とに助けられ、昨日書ききれなかったことを書いた。