「老いてゆく中で」


  若さを保つことや善をなすことはやさしい
  すべての卑劣なことから遠ざかっていることも
  だが心臓の鼓動が衰えてもなお微笑むこと
  それは学ばれなくてはならない

  それができる人は老いてはいない
  彼はなお明るく燃える炎の中に立ち
  その拳の力で世界の両極を曲げて
  折り重ねることができる

  死があそこに待っているのが見えるから
  立ち止まっているのはよそう
  私たちは死に向かって歩いて行こう
  私たちは死を追い払おう

  死は特定の場所にいるものではない
  死はあらゆる小道に立っている
  私たちが生を見捨てるやいなや
  死は君の中にも私の中にも入り込む

 

 
  ヘルマン・ヘッセ著 V・ミヒェルス編 岡田朝雄訳 
  『人は成熟するにつれて若くなる』より