棲まう、と、住処

"東京" は人が多い、行き交う人が足早である。

なんとなく空気がわるい、気がする。

 

なんてね。

昨日は田舎を見ていた。それが東京に来るということで、戻る感ではなく、新鮮な東京を味わうことができる。だから旅は面白い。

 

東京生まれ東京育ちである私にとって、高校生まで、東京ではないところは異文化だった。それは、自力で長旅・気まま旅をすることが増え、すっかり変わった。

 

もう、住むと過ごすの境が薄らいでいる。

ネットは不思議なもので、それでも基盤となる<ライフ>を形成しているのが少し面白い。今となっては、ネットワーク上にも「家」があるから、物理的な住処や職場に左右される部分が多くないのだろうと思う。

 

だからといって「棲む」の意味は薄らいだということではないことも痛感する。私には、情報流通や移動の簡便さによってより一層、名詞の「住処」と動詞の「棲まう」が近づいたり離れたりする様が、自分の中で面白くなっている。

 

考えたいこともできたし、過ごし方も定番ができてきた。その上で、新しいことを楽しむことが余裕になった。

最近では、行ったところ、行ったことに、身が馴染むのが早くなった気がする。