終えるからこそ、見えるもの。

ここ数週間で。自分と自分の間にあったものについて、何かが大きく変わっているような感覚がある。いや、私の心が開いたのか。

 

書くこと、話すことについて、開かれた。

 

4年間の共同研究について成果報告をした後から、私はちょっとだけ心が軽くなったようだ。それは役目が終わったことに対する身軽さではなく、話せたことに対する、軽やかさである。

 

最近、 「先日のシンポジウムを聞いて、興味を持ちました」という方に声をよくかけられる。Educe Cafeに来ていただいたり、今日のUTalkに来ていただいたり。疎遠になっていた方と、またお話できたり。久々に懐かしい方と接点ができたり。

 

実は、私は大きな人数のイベント(シンポジウムというのは私にとっては計り知れない恐ろしさを感じるサイズだった)に、激しい苦手意識を持っていた。

始まる前は不安でいっぱいだった。でも、いつもどおりにやるしかない。なぜなら、私には、いつもどおりしか経験がないので、そこからしか、立脚すべき何かはないのだ。だから16人定員のイベントのように、きちんと準備し、きちんと考え、私にできることをした。それでよかったのだろうか?とずっと終わってからも思っていたのだけれど、今日、やっと、思えた。あれでよかったんだね。

 

終えてよかった。始まるのは、終わるからだ。いつだって、どこかで何かが終わるけれど、それは、何かの始まりでもあって。

 

あなたはそこにいる、私も、ここにいる。

 

それは、ずっとずっと続く。

始まりと終わりは、一緒にそこにいつも寄り添うんだろうなと。