心弾む街

心弾む街について、考えていた。

私は、人工的なまちづくりが苦手だ。住んだことはないが、中央線沿線がわりと好きだ。東急線沿線は、用事が無ければ行きたくならない。何でも高いなと思ってしまう。

久しぶりに用事があり、代官山に行った。昔は週2、3通った街だが、その頃はもう少し、雑多だった。 肝心のお話は参考になりよかったのだけれど、ランチのお洒落な前菜は美味しくなかった。日頃、美味しくないものを食べないから、なかなか久しぶりだった。

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落ち着いて仕事ができるといえば、最近ではもっぱら、高円寺の某カフェで、そこに6時間以上いることはざら。週1か2行く。仕事なら机が広いというのが大事。

でも、仕事によい、というのもまた、人それぞれ。

いろいろな選択肢があるということが、価値か。

そこに居る意味

今日は官庁系のお仕事で、年度内最後の国内出張だった。

四日市市に日帰りで行った。

弾丸ですねって言われた。そのとおりで、滞在5時間切っている。

 

正直、片道3時間越えるので、私が行かなければならならい案件か、朝も早いしなあと気乗りしていなかった。

出張案件については、この交通費と謝礼を出していただいて私は相応のバリュー果たせているか、とか思いながら過ごしてしまう。本務以外の仕事先では、薄謝であっても基本対価として、都度お金をいただく。だからこそ、本当にその分のお仕事をできているか、厳しく考える。今回の場合、四日市に往復すると2万円以上交通費がかかり、さらに私が滞在した数時間×謝金レート分の出費が先方にはある。

 

業務内容は、監修しているワークショップを、自分以外の方が実施する様子をずっと見ていて、最後に反省会でコメントするという仕事である。もう、ほぼ同じパッケージを実施7回目になっているので、安定した運転になっていた。しかし、今回のパッケージは対象が行政関係者なので、実践中の雰囲気は「いろいろ」である。

 

そんな中、終了後の反省会で「いろいろ」吹き出してくるものがあって、微妙な流れの中、私もきっぱり発言しなくてはならない場面ができた。帰り道、少し関係者と話しながら名古屋まで来た。ああ、やっぱり、今日は来てよかった。ちゃんと、仕事ができた(来なかったら変な流れができてしまっていたかもしれない)

 

少し安心できた。「実はさ!」と、腹を割った意見が出て反省会が荒れるっていうのは、良いワークショップだったんだなと思った。

だって、大人はあんまり、面と向かってぶつからないから。

https://www.instagram.com/p/BfPesLbgjJC/

 

道楽者

最近、とみに忙しく、予定を入れたこと(あるいは入れた人、すなわち過去の私)を叱責したいところもある。でも、忙しくなった、あるいは気持ちがせわしくなった(漢字だとイソガシイとセワシイは同じになってしまう)きっかけには、息子のことがあると思う。自分だけの予定なら別に困ることがない。彼が生まれてから、彼のペースで掻き乱される。

 

親を困らせない子供、手がかからない子供、というのが居るのかわからない。親を困らせないようにしなきゃと思ってきた子供は、今、ここに居る。そして、ある時にそう思うことをやめた。まあ、大学院に行くという進路を選ぶことは、親不孝の極みだと思うので、申し訳なかったとは思う。

 

後輩が、「『趣味』は研究、就職してもきっと研究は『趣味』」と言っていて、うすうす思っていたけれどはっきり言ってもらってすっとした。大きな声では言えないけれど。

仕事はおそらく教育活動その他で、研究(特に個人研究)というのは、限りなく、『趣味』と言ってしまった方が適切だろう。私にとっては。つまり、今は『趣味』を継続しやすい環境に就職したとでも言うべきか。

だから、こんなにも情熱をかけて継続できるのだと思う。

 

皆様に生かされていることをもっと感謝しなければならない。

https://www.instagram.com/p/BfKqEnlANlZ/

 

森の中の病院

今日は息子関係で病院に行った。小学校1年から、数えて6箇所目になる。

探したり、紹介してもらったりでようやくたどり着いたところは、東京都立小児総合医療センター。府中にある可愛らしい森のような病院だった。

2010年に第44回SDA賞サインデザイン奨励賞を受賞していることを知った。通院というのはメンタルがしんどいものなので、こういった環境は嬉しいなあと思った。

 

画像はこちらの資料から。

http://inaxreport.info/data/IR182/IR182_p56-61.pdf

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海外視察に関する8つのティップス

行き詰まっていたイタリア行きの調整が、ぐぐっと進みだしました。昨年秋から打診していたルートが、リスケや条件変更と連絡の行き違いばかりで2ヶ月ほど決まって来ず、憂鬱さが増していました。そこで、いったん進めていたルートを解除し、一からやり直したのが1月下旬です。一時期は、テレビの旅番組でイタリアが映るだけで憂鬱になるくらい、進まなくて気を揉みました。

 

具体的な手順は興味がある人で面識ある人は聞いてくれてもいいのですが、海外視察の調整は本当にテクニカルで、いろいろあります。国によってみたいなレベルでもありますが、調整で共通していることをいくつか挙げておきます。兎に角、サバティカルのように滞在ではなく回ろうとすると、予定調整がパズルになります。そのパズルをどこから解いていくか。この数年で学んだことがいくつかあります。

 

1.自分は何者か

必ず、プロフィールと調査目的の短い書類を英文で要求されるので、先に用意してはじめなければなりません。また、場合に応じて、なぜ自分がそこに行きたいのか、何を聞きたいのか聞かれます。聞かれたら、時差もあるので、できるだけ速く返信できるようにしておきます。

 

2. 複数人が挟まったら遅くなる

なるべく、ハブが多く無い方がスムーズです。しかし、自分からダイレクトにメールでコンタクトをしても、首都のような都市でないと、返信が来ない等うまくいかないこともあります。電話するのが良いという話もあります。紹介なら、経由1箇所というのが最も良くて、紹介がある方がぐっと速いときが多々あります。良くないのは、日本側のコーディネーターと現地側のコーディネーター、となってしまうパタン。これは本当に迷宮入りして収穫が乏しくなるのに人件費は‥となります。

 

3. 日程は絞り込んで伝える

幅広に伝えた方が先方楽かなと気を遣っていると決まりません。決め打ちで、ここしか空いていないと言って、無理と言われたら新しい候補を出すくらいでいいかもしれません。

 

4. 官公庁は強い

特に大使館はすごいです。本当にいろいろな情報が集約されていると思います。今回も、勇気を出して在日イタリア大使館にお世話になって、本当に良かったと思っています。

https://www.instagram.com/p/BezBiHXAhPX/

 

5. 現地にしか無い情報は諦める

現地でしか拾えない情報は必ずあります。それを渡航前に組み込むのは無理なので、時間の余裕を作ってあとは歩くしか無いです。だからこそ行くのです。私は、現地に着いたら図書館や市役所に行って貼り紙を見たり、フライヤーを探したりというところから始めることも多いです。

 

6. 言葉、言葉

英語でヒアリングをしようとしても、第二言語同士の場合、形式的になってかたい話しか聴けなかったり、緊張したムードになったりします。特有のニュアンスもつかめません。最初は予算を惜しんでしまいましたが、何度かの経験を経て、英語圏に行かない場合、自分にとってはインタビューなら通訳は必須と思うようになりました(語学力がある方はいいのですよ)。問題は通訳探しです。ここは試行錯誤しています。専門用語を理解してくれる方、訪問先や分野に明るい方、自分と信頼関係が既にある方。事前のコミュニケーションに応じてくださる方、いろいろな良い方がいらっしゃいます。

それでも、最低限の挨拶や書いてあることを読んだり調べたりできるように、現地の言葉に慣れてから行けるのがベストです。文化に敬意を払いたいというのもあります。勿論、命を守るためにも言葉が必要です。

 

7. スマホは便利だけれど

スマホで地図を見ているという状態は、土地勘がないことをアピールするようなものです。危険に晒されるリスクを軽減するために、1人の場合はできるだけ室内でチェックしてから移動したいと思います。紙の地図は鉄板ですので、到着したらすぐ入手したいところです。

 

8. 信頼できる人は誰なのか

最も鍵となるのは、自分が信頼できると思える仕事ぶりの人を探して調整をお願いすることです。有名な人、経験がある人、権力がある人が必ずしも自分にとって「いい」かはわかりません。でも、少しやり取りをしていけば、丁寧な仕事の人か、わかります。あと、どの国でも仕事が速い人にはいつも救われますね。そういうことを見るにつけ、私も気をつけねばと思ってしまいますけれど。

 

 

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はじめて視察に行ったスウェーデン、オランダも、今ならもっといろいろ聞いて来れたよなあと思います。特に、アムステルダム中央駅で絡まれてから精神的にしんどかったオランダは、今ならもっと見られると思うので再訪したい場所です。

その頃のblogを少し見てみました。様々な国の生涯学習の環境デザインを見て回っているのは、自分にとって、結構大きな基盤になっているように思います。

harinezumi.hatenablog.com

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今で何ヶ国だろう… いつか撮りためた写真とともに重くない読み物を書きたいと思っているのですが。

harinezumi.hatenablog.com

 

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ここからだったのですものね。本当に今回は苦戦しました。覚悟を決めてflight取ったの、年明けだもの、長い長いです。

harinezumi.hatenablog.com

Facebookと距離を置く

春休みなので生活スタイル実験。

携帯からFacebookTwitterのアプリを消してみた。

勿論、PCを使っている時は見られる。居場所を変えていく感じ。

 

スマホには、SNSアプリはInstagramとMessengerしかない状態。こうすることによって、Instagramを使う頻度が増えるだろう。そして、活用方法を考えるだろう。触ってみないとよくわからないので。

 

 使用3日目にして、InstagramTwitterと似ているので、結構好きかもと思った。リアルコミュニティを引きずらない感じがすごくいい。私は人間が映っている写真を好まないので、そういうものが載っていない写真をメインにしてフォローしている。後はメイク・コスメ情報と、ネイル情報の取得。ネイルは、ネイル単独のアプリも持っているので、よく見てピンしている。ちなみにPinterestはあんまりはまれなかった。あれは、リアルスクラップブックの方が楽しい。スクラップの楽しさは、1枚の紙に張り込むサイズや動き、デコレーションにあるので、ピンだけではいまいちだったのだと思う。

 

だんだんFacebookが要らなくなっているんだろうなと思う。Messengerとしては継続して使うけれど、たまに見る程度になっていく方向かなあ(もともと、投稿はあまりきちんと見ていなかった)。

 

もともと、SNSに期待することが、"新しい(人・情報)との出逢い"とか、“かすったくらいの人間関係を温める"  とかなので、親しい人だけドーナッツの穴みたいに抜けてても構わない気がする。近況を知っておけるというのはメリットかもしれないけれど、実際にFacebookでやりとりするのは、親しい人ではない人の方が多い。

 

それに、私はFacebookに近況を書くわけでもない。考えていることとか、見たものとかを残しているだけなんだよね。自分の目を通して見ているものを表現するには、文字ならblog、ビジュアルならInstagramっていうのがシンプルな気もする。

 

Instagram上で、好きな投稿と苦手な投稿があることに気がつけたのも興味深かった。私は長文がついている投稿好きではない。それならblogがいいなと思ってしまう。あくまで写真をメインにし、写真で語り切るくらいの粋さが好ましい。

 

近況報告には関心がないので、写真に意味を感じられるものが良い。物語が見える写真、記録ではなく。

 

https://www.instagram.com/p/BezORXmAMF7/

#レアンドロエルリッヒ展

 

余談。

出身研究室のゼミでサポートしている後輩が、Instagramを研究で扱うっぽいのと。最近、大学生のレポートテーマでもInstagramのことが毎期あがるので、論文とか調査とか見ていろいろ一緒に調べていたらやってみたくなった。今大学生の人たちは、Twitterアカウントをだいたい持っており、そして中学時代とかに「やらかした」アカウントでそれを大学の知人に共有したくないという向きもある様子。その話はすごく面白かった。インスタ映えとかインスタ萎えとか、そういうニュース的トピよりももっと近くに、面白いなと思えることがわんさかある。